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Duke留学だより

Department of Orthopaedic Surgery, Duke University

 

平成22年卒の中川 亮と申します。2021年4月より米国ノースカロライナ(NC)州にあるDuke大学整形外科のDr. Alman labでポスドクとして研究生活を送っています。渡米してから早くも1年が経過し、だいぶ生活環境や仕事にも慣れてきました。

Alman labは、現在12名が所属しており、Duke整形外科の中では最も大きな研究室です。PIであり、整形外科のChairでもあるDr. Alman (Ben)はNIH グラントを複数獲得しており、潤沢な研究費の下で伸び伸びと研究をさせてもらっています。Benはラボメンバーへの気遣いが素晴らしく、教授室から1km弱離れた研究棟まで毎日やってきて、全員に声をかけ、話したいことがあれば、すぐにディスカッションできるので、ポスドクや大学院生からすれば、とても有り難いです。また、ポスドクは独立へのステップアップを見据えたポジションとして捉えられていて、大まかなテーマは決まっているものの、具体的な実験については高額な解析を除き裁量を与えられています。ラボは、基本的にフレックスタイム制で自分の研究だけにエフォートを集中できますし、メンバーも温厚な人ばかりなので、居心地はとても良いです。この1年でポスドクや大学院生が大きく入れ替わり、いつの間にか自分も古株から数えた方が早くなりました。毎週火曜日にはラボミーティングがあり、持ち回りで研究の進捗を発表します。2ヶ月に1回の頻度で回ってくるので、それまでに実験データを貯めてプレゼンするスタイルです。英語の苦労はありますが、他のメンバーから基本的にはポジティブなコメントを貰えるので、終わると毎回それなりに充実感は得られます。Benとの個別ミーティングも隔週で行っており、そこで細かなデータの報告や方向性の確認をしています。さらに、整形外科全体の研究発表も半年に1回のペースで回ってきます。皆、フラットな立場で些細なことでもディスカッションできるところがこちらのラボの良い点だと感じます。COVID-19も落ち着いた4月からは対面のミーティングが再開となり、ディスカッションがとても盛り上がるようになりました。

ポスドクのfarewell partyにて。前列左から2番目がProf. Alman、4番目が筆者。

 

Alman labでPh.D.を取得したHazelの卒業式にて。彼女は津嶋先生留学時代から在籍していました。右は昭和大学の石川先生。

 

私は主に、「変異型IDHが成長板軟骨および軟骨肉腫にもたらす代謝異常」について研究を行っています。IDH変異は発生初期に獲得される体細胞変異で、軟骨系腫瘍の約半数に認められます。このIDH変異に伴う遺伝子発現や代謝の変化が、腫瘍形成に関わっていることが知られています。白血病や脳腫瘍の分野では、IDHに関する研究が盛んで、最近いくつかの変異型IDH阻害剤がFDAの承認を得ています。私も大学院時代にこの阻害剤の開発に関わったことがきっかけで、DukeでもIDHについての研究を継続しています。

メタボローム解析の結果から、IDH変異を有する腫瘍では解糖系が亢進し、IDH野生型の腫瘍よりもグリコーゲン量が有意に高いことが分かっています。また、成長板軟骨のproliferating zoneにおいてもIDH変異軟骨細胞ではグリコーゲン量が有意に高いことを突き止めました。これらの結果から、グリコーゲンが軟骨細胞および軟骨肉腫にとって重要なエネルギー源であり、IDH変異によってもたらされる表現型の一要因であるという仮説を立て、成長板軟骨および腫瘍細胞におけるグリコーゲンの機能を明らかにすることを目的としています。特に、PPP1R3Cというグリコーゲン合成を制御するタンパクに注目しています。この1年では主にin vitroの解析を進め、PPP1R3Cがグリコーゲン合成に重要であり、軟骨肉腫の増殖にも強く影響を与えることが分かりました。現在は、成長板軟骨におけるPPP1R3Cの役割を解明するために、部位特異的ノックアウトマウスを作製し、解析を始めています。マウスを使って表現型を追えることがAlman lab最大の強みなのですが、手続きの関係で、昨年冬に目的のマウスをようやく入手、3系統のマウスの交配に約半年を要し、解析を始めるまでに渡米から1年を費やしました。ジェノタイピングやプラグチェックも全て自分でやらなければならず、最近は土日も出勤が続くなど、なかなか大変な思いをしていますが、ここまでの苦労を忘れさせてくれるような良い結果が出ることを願って、解析を進めているところです。また、IDH変異はコレステロール合成を亢進させることが分かっており、軟骨分化にも影響を与えることが知られています。そこで、コレステロールがPPP1R3Cを制御しているのではないかと仮説を立て、遺伝子改変マウスや培養細胞で解析を進めています。これまでニッチな領域の研究を深掘りしてきましたが、それがグリコーゲンやコレステロールというメジャーな代謝経路と関連していることが分かってきて、とても面白く感じています。薬剤開発とは異なり、ダイレクトに臨床現場に届く研究ではないですが、このような地道な研究も大事だろうと思っています。遺伝子改変マウスを用いて肉腫の基礎研究を本格的にできるラボは世界に殆どありませんし、今回こちらに来て自分も初めて扱うことになったので、とても良い経験になっています。

こちらでは予想していた分業制ではなく、計画・実験・解析・論文と全て自分で担当することになっていて、日本で所属していた研究室と同じスタイルです。あくまで自分が接してきた人達を参考に日米を比較してみると、日本人研究者の方が綿密な計画を立て、ハードに実験を進め、データ量も多いと思います。一方で米国のPh.D. studentやポスドクは少ないデータでも自信満々に上手にプレゼンしており、これが幼い頃からの教育の違いかと感じさせられます。また、成果を挙げている人達は、目の付け所が良いなと思うユニークな研究が多く、他のラボや臨床サイドともうまくコラボレーションしています。しかしながら、とても優秀な学生さん達もPh.D.取得後は軒並みアカデミアを去り、バイオテック企業に就職していきます。物価上昇の著しい米国では、高待遇な企業に行くのは自然な流れなのでしょうし、アカデミアのポジション争いも熾烈だと思いますが、米国のアカデミアの状況が日本と重なる部分もあり意外でした。

この1年間の最大の変化は、2021年9月に日本人ポスドクとして、昭和大学整形外科の石川紘司先生が赴任してきてくれたことです。彼は脊椎外科医ですが、骨代謝の研究を日本で進めていて、こちらではマクロファージに注目した骨折治癒の基礎研究を行っています。私が来た当初は、周りに日本人がおらず孤独を感じることが多かったのですが、ベンチが彼と隣になって、今や1日の半分は日本語で会話するようになり、すっかりストレスレスな生活になりました。彼はとても優秀ながらも、寝る間を惜しんでアグレッシブに研究を進めており、その姿勢に刺激を受けています。また、隣で肉腫の研究を行っているKirsch labには、宮本亮先生がポスドクとして勤務していて、分子生物学にとても詳しく、細かな実験の相談に乗ってもらっています。3人共バックグランドは異なりますが、全員昭和59年生まれで同時期にDukeに来たという偶然に恵まれ、普段から研究やキャリアの話をしたり、時々飲みにも行ったりと切磋琢磨しながら仲良くさせてもらっています。秋からは、島田先生がこちらに留学して来られる予定と聞いておりますので、楽しみにしています。ますます日本人だらけになりますが、彼がストレス無く存分に力を発揮できるよう、できる限りのサポートをしたい思っています。

アメリカに来て1年生活してみましたが、こちらに来たからといって、自分が急に優秀になるわけではなく、研究では日本にいた頃と同じようなことを考え、日々悩んでいます。また、こちらでは自分が外国人として扱われますし、グラントに関わる研究を行っているので、遊学ではなく仕事として結果を残さねばというプレッシャーは常に感じています。一方で、様々な国出身の方々と仕事をすることで、自分とは異なる考えや姿勢を学ぶことが出来、お互いを尊重し合い、多様性を認め合える経験を出来たことは自分にとってとても大きく、色々と考えさせられることも増えました。それに付随して、アメリカの手続きなどルーズな面を多く経験して、実験結果に対してと同様に、不確実性への忍耐力もかなりつきました。今は研究レベルの交流がメインですが、他のコミュニティにも交流を拡げて、今後の仕事やキャリアにも繋げていくことが出来ればと思っています。家族全員でオミクロン株に感染したり、息子が中耳炎の全身麻酔の手術を受けたりと大変な時期もありましたが、異国の地に引っ越して、家族で1年間何とかsurviveできたのはとても自信になりました。緑豊かで人も温かく、教育環境も良いチャペルヒルを妻も子供達も気に入り、楽しく過ごしてくれていて有り難いです。これまでサポートいただいた多くの方々に感謝し、引き続きDukeでのポスドクライフを楽しんでいこうと思います。

 

宮本先生(左手前)、石川先生(左奥)とDuke近くのJapanese restaurantで。

 

新メンバーを囲んでのPotluck partyにて。自分より一回り以上若いPh.D. studentが多数を占めています。

 

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